覇王の家〈上〉 (新潮文庫)



覇王の家〈上〉 (新潮文庫)
覇王の家〈上〉 (新潮文庫)

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本当にタフな男

家康公を英雄として書いてはいないが、信長・秀吉の時代をしたたかに生き抜き、
さらにはそのつどキラリとひかる凄みも見せる家康を僕は心底カッコイイと思う。

どんなに踏んずけられようが、バカにされようが、地味にずんずん進んでいく、
本当にコワイ男はこんなやつだ。
戦国最強のタフな男、最高です、家康公。
徳川家康の遺訓と合わせて読んでみて下さい。

司馬さんの本の中では、そんなにも有名じゃないかもしれませんが、「人生」の有り様という意味では、ここまで深いものが描かれている小説は、他にはないかもしれません。

渋沢栄一翁が、論語講義のなかで再三家康を褒めていましたが、その理由が分かったと思いました。

家康の残した遺訓とは、「人の一生は重き荷を負って遠き道を行くが如し。急ぐべからず、不自由を常と思えば不足なし。心に望みおこらば困窮したるときをおもいだすべし。堪忍は無事長久のもとい。怒りを敵と思え、勝つ事ばかりを知りて負くるを知らざれば害その身にいたる。己を責めて人を責むるな。及ばざるは過ぎたるに勝れり。」です。

家康その人と、徳川家の江戸時代評価とは、まったく別の次元にあるような気がしています。

自分の妻子を信長売った重臣を、何一つとがめ立てせずに股肱の臣とできるか?

一向一揆の際に反乱側に走った者を、再び召し抱えられるか?

時には負けると分かった相手にも挑むことが出来るか?

家康の決断に自分自身を置いてみた時、僕にはとてもむりだなあと思うしかないのです。でも、読んで人生の糧となる本としては第一級の作品です。
「絶望的な思い切り」

家康を巡る人々の欲と野望はあらゆる人間関係を示唆しているようで、本書は非常に興味深いものに仕上がっています。「人生で必要なことはすべて砂場で学んだ」とは誰かの言葉ですが、人生に必要なことはこの「覇王の家」と「関が原」に書かれているような気がします。

家康という人は、計算高く、保守的で細かいところまで色々と気を配れる細心の人であり、また辛抱の人です。これらの要素はただ、「家」の保全、その一点に集約されます。家臣団も含めた「家」というものを守り通すために彼は、常に戦略的で慎重深く、そして耐えるところは耐え、自らをただ組織をまとめる一機関として冷静に律していきます。その自己に対する姿勢は芸術的、とさえいえる感さえあります。(信長に妻と子を殺されてもなお彼は信長についています。)

こうした性格が強まった後年の家康より、四十代前半までの家康には人間的な魅力があります。「絶望的な思い切り」であり、自尊心を頼み武田信玄に挑み破れ、絶頂期の秀吉に抗っていきます。組織を維持しようと懸命に生きた家康が、やはりその組織に守られてこうした危機を乗り切っていく姿には、例え敗れようとも底知れぬ力というものを感じます。案外、彼の本質というのは、あまり家康のイメージにそぐわない、こうした無茶をした、冷静にありえないところにより顕在化したのかもしれません。

余談ですが、司馬氏の戦国期を描いた小説は本当に面白く、なぜ映画化されなかったのでしょう。「城塞」を小幡勘兵衛・三船敏郎主演で見たかった。
三河侍

徳川家康と三河武士団のメンタリティについて考え、
小説というフォーマットを通して追う、という趣向の作品。
当初は徳川代々を語り継ぐというような意図もあったようである。

話は三河の地理・風土を押さえることから始まる。
地理と風土から類推される三河侍の気性に触れ、
時に中世的な美徳である三河人の健気さ、忠義の厚さ、
またともすれば狂信的な三河の気風を明らかにしていく。
一方で家康の幼年時代を描き、人物の輪郭を浮かびださせて、
「三河人の頭領」としての家康像に結ばせる。
作者は、三河人のファナティック(狂信的)な所には一線を置いているようだ。
少なくとも開放感はない。

強勢な敵と出会うつど、ジュクジュクと粘性の精神で敵からも学び取り、
絶望的な局面に出会うと神がかり的にその打算が吹っ飛ぶという家康像は、
鮮やかではないにしても結構面白いと思う。
「狸親父:家康」の形成方法?

徳川家康が幼少期を「人質」として過ごしたことは有名ですが、
その生活の中で、家康は後の彼の基礎ともなる性格を築いていきます。
「狸親父」として有名だった家康は、実はとても「臆病者」であったと描かれています。
「臆病者」であるからこそ知恵をめぐらせ、家臣団の団結を第一に考え、
そして、武田信玄から様々なことを学んでいきます。
たとえば、軍略も軍法もしかり。
秀吉の傘下に収まることを潔しとせず、ギリギリ限度いっぱいまで戦います。
それが小牧・長久手の戦いであり、「勝ち目」が出るまで決して自分からは仕掛けない。
後に、家康の譜代であった石川数正が秀吉のもとに出奔しますが、
その裏には三河武士の恐ろしいほどの泥臭さと、固執、そして猜疑心があり、
決して中央のことに興味を持っていないとも断言できそうな勢いです。

そんな風土が基礎にある徳川幕府が閉鎖的であったのは当然のような気がします。

本書は小牧・長久手の戦いを中心に、家康の考え、家臣の統率術などが描かれていますが、
「狸親父」の形成方法と言えなくもありません。

腹黒い家康はあまり好きではありませんでしたが、
別の見方から見させてくれた本書によって、わりと好きになりました。



新潮社
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